レーゲンスブルグの聖ウォルフガング(c. 924-994)

聖ウォルフガングは、シュワーベン(ドイツ)生まれ。ライヒェナウの修道院にある学校で教育を受けました。 そこで、ウォルフガングは、後に出世してトリーアの大司教になった若い貴族ヘンリーと遭遇しました。(少女漫画みたいな展開ですねドキドキ) その間、ウォルフガングは大司教と密に接触。聖職者を改革する彼の努力を支持し、大聖堂学校で教えていました。

大司教の死で、ウォルフガングは、ベネディクト会修道士になる道を選びました。現在のスイスの一部アインジーデルンの修道院に移りました。 司祭に叙階され、そこで修道院学校の指導官に任命されました。 その後、宣教師として彼はハンガリーに送られましたが、彼の熱意と好意は限られた結果しか齎しませんでした。

皇帝オットーII世はレーゲンスブルク(ミュンヘンの近くの)の司教に彼を任命しました。 すぐに、聖職者と修道生活の改革に着手。熱心かつ有効な説教と共に、絶えず貧しい人々への心配りを忘れませんでした。修道士の生活スタイルを変えることなく、困苦欠乏に耐えました。

禁欲生活と共に観想(孤独な生活)への願望を決して捨て去りませんでした。 一旦、祈りに専念できるように、教区を出ましたが、司教としての彼の責任は彼を教区へと呼び戻すのでした(気の毒で残念ですね)

旅行中、994年、病気になりました。 彼はリンツ(オーストリア)の近くのプッピンゲンで帰天しました。 彼の祝宴の日は中央ヨーロッパの大部分で広く祝われています。 彼は1052年に聖者の列に加えられました。

レーゲンスブルグの大聖堂。カトベー、一度レーゲンスブルグに行った事、ありますシラーとっても落ち着いた雰囲気のところでしたよ。