第9日 何故私たちは信仰を伝えなければならないのですか?

私たちが信仰を伝えなければならないのは、イエズスが以下の様に命じられたからです:「行って、全ての國に使徒を持たせなさい(だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい)」(聖マタイによる福音書28章19節 参照)

真のキリスト者は、信仰の伝達を専門家(先生、司牧者、宣教者など)に任せ放しには出来ません。私たちは、他にとってのキリストなのです。即ち、真のキリスト者は、他の人にも神が来ていただきたいと願う、その事を意味します。

キリスト者はこう自分に言います:「神は私を欲している!私は洗礼と堅信を授けられた。私の周囲の人達が、真理の知識を得るように、神について教わる事を助ける責任がある(神は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます)」、と。(ティモテの信徒への手紙1 2章4b節 参照)

マザーテレサは上手な比喩を使ってこの事情を説明しています:「道路にそって電線が走っているのをしばしば見かけますね。もし電流がその中を走っていないなら、電灯の灯りは点きません。電線とは、私であり、あなた達なのです!電流は神です!私たちには電流が中を通じさせる事が出来ます。そしてイエズスは「世の光」を発するのです。もし私たちが(電線として)使われる事を否むなら、それは即ち世が闇で覆われてしまうのを許すことになるのです」(Youcat 質問11)

より詳細には、カトリック教会のカテキズム68章~73章や他の文献を参照しましょう。